「釣りとは絶対矛盾的、自己統一である、という名言があるだろう。あれを言ったのは……」
 その後に続く話の内容は、銀時の耳には入っていない。
 川を取り囲む木々の葉がこすれる音と、それに混じる鳥の声。つないだ馬の蹄が川面を蹴って、水音と共にぽくぽくとのんびりした音を奏でる。
 桂は機嫌良さそうに、即席の釣り竿を握っている。薀蓄を披露しながら、丸い目をいっぱいに開いて竿の先を見つめていた。時折、誘うように、くいくいと枝を振ってみせる。その動きが眠たくなるなあと、銀時は他人事のように考える。
「あんまり振ると、エサ、落ちまうぞ」
「でも、魚が来ないんだ」
 桂は熱っぽく川面を見つめ続けている。何がそんなに楽しいのかわからないが、こうなった桂はしばらく止められない。奴が熱中したときの視野の狭さと言ったらないのだ。
 銀時は小なため息とともに立ち上がり、流れに従ってゆっくり岩場を歩いてみた。
 川幅は二人の背丈よりももっとある。川中にある岩に流れがぶつかって、白く飛沫が上がっている。川の中程はかなり流れが速いようだ。深いところは膝の上までありそうに見えた。水は透き通り、木々の合間からこぼれる陽射しを映してはきらりと光る。
 うまそうだ、と思うと同時に、膝を折ってしゃがみこんでいた。身を乗り出し、清水に手を伸ばせば、思いのほか冷たくて気持ちいい。両手にたっぷり掬いあげた水が、指の間からこぼれて裾を濡らす。渇きを癒すように口をつけると、ほのかに甘い気がした。
 もう一口、と手のひらに水を掬い、口をつけた瞬間、先ほどその手を桂と繋いだことを思い出した。
「っ!」
 あたたかく、やわらかい手。人の頭を勝手にかき回したり、竹刀を握ったり、悪童を容赦なくぶん殴ったり、几帳面な字を書いたりするあの手が、この手に重なった。そしてぎゅっと力をこめて握られた。
 銀時の心臓が強く脈打った。それで気を取られた銀時の顔面に盛大に水が降りかかる。
 桂の頓狂な叫び声がしたのは、その直後のことだ。


 飽きっぽい銀時がふらりといなくなったので、桂は一人黙々と釣竿を立てていた。
 竿の先と、川面以外に見るものはなし。山女魚も釣り人の気配を察したのか、疾うに姿を消している。
 隣に銀時がいなくなると、途端に楽しくなくなった。さっきは手を繋いでくれたのに。薄情者め、と心の中で罵り、唇を尖らせた。その時である。
 くんっ、と枝の先が引いたと思うと、すぐに強い力で引っ張られる。あわてて枝を握りなおすと、枝の先から手ぬぐいがするりと抜けおちた。落下する手ぬぐいを反射的に掴んで引っ張ると、獲物が水面近くで跳ねて、大きくしぶきが飛ぶ。かなりの大物だ。
「銀時ィィィ! ちょっ、手伝ってくれェェエ!」
 引きちぎられそうになり、夢中で叫ぶ。すぐに銀時が駆け寄る足音が聞こえてきた。
 桂は手にした枝を逆手に持ち替え、思い切り飛沫の中心に突き立てた。激しい水飛沫が収まったと同時に、力任せに獲物を引き上げる。
「銀時ィィ! とったどォォォ!」
「ちょっ、ヅラ!」
 桂が釣ったのは、見たこともない巨大魚だった。身体の半分もある大物。喜びと興奮で思わず叫び、飛び上がった。が、それが間違いだった。
 アレ? と思う間もなく、桂は着地点を見失う。魚と格闘しているうちに、川の中程まで引きずり込まれていたのだ。
 水に飲まれる一寸前、混乱した桂は、もがくように手を伸ばし、近くにいた銀時の襟首にしがみついた。
 どぼん、と重たい水の音が響きわたる。馬は驚いて身を竦ませた。
 視界は水中の気泡で真っ白になった。急な流れに羽織や袴がとらわれ、身動きが全く取れず、息もできない。
 こんなところで人生が終わるなんて、まさか。
 あとちょっとで、あの大物を捕まえられたのに。あれを晩飯にしたら、さぞ美味いことだったろうに。先生と銀時に裾分けしても、余ってしまう程だったのに。
 混乱した頭に浮かぶのは、短い人生の走馬灯ではなく、そんな間抜けなことばかり。
 そう、銀時、銀時を巻き込んでしまった。どうしよう。俺が馬を見たいと駄々をこねたのがいけなかったのか。本当に申し訳ないことをした。「ありがとう」も、まだ言えていないのに。
 余計なことを考えると、それだけで脳が酸素を使ってしまうらしい。
 酸欠で混乱した脳は、混乱しすぎて余計なことばかり考えてしまう。そして、銀時と繋いだ手の感触を思い出したところで、視界が真っ黒に染まった。


アンブレライフ」様につづく!

銀桂プチオンリー「そんじゅく!」内のタンブラーラリー企画参加作品です。
「結崎屋」様→「悪食」様→「イチ蜜」→「アンブレライフ」様→「紺青」様の順番です。繋げると、ひとつのかわいい幼少銀桂話となっております^^
尊敬する小説作家様たちとご一緒できて、光栄すぎて震えました…!
皆様作家様それぞれのカラーが出ていらして、とても面白かったです~~!!
書くのも本当に楽しかったです★
みなさま本当にありがとうございました!!

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